神戸地方裁判所尼崎支部 昭和45年(ワ)272号 判決 1974年8月28日
原告 辻久子
右訴訟代理人弁護士 長嶋隆成
被告 川上桂一
右訴訟代理人弁護士 速水太郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
「原告が被告に対し、別紙目録記載の建物につき昭和四五年四月二五日以降それまでの賃料月額金四、五〇〇円を超える部分について、月額金八、五〇〇円の賃料債権を有することを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求める。
二 被告
主文同旨の判決を求める。
第二主張及び認否
一 請求の原因
1 原告は被告に対し、昭和三〇年二月別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を賃料月額金二、五〇〇円と定めて賃貸し、賃料はその後昭和三三年二月以降月額金三、五〇〇円に、同三七年二月以降月額金四、五〇〇円にそれぞれ増額された。
2 ところがその後経済情勢の変動に伴い、本件建物及び敷地の価格が上昇し公租公課が増加して賃料が不当に低額となった。
3 そこで原告は被告に対し、昭和四五年四月二二日それまでの賃料月額金四、五〇〇円を同月二五日以降月額金一万三、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。しかるに被告は増額の効果を争って増額分の支払に応じない。
4 よって右増額分について原告が被告に対し賃料債権を有することの確認を求める。
二 被告の認否
請求原因1、3の事実は認めるが同2の事実は不知。
三 被告の抗弁
本件建物は昭和二五年七月一〇日以前に新築されたものであるし、延べ面積が九九平方メートル以下であり被告は当初から住宅専用として居住して来ているので、地代家賃統制令の適用建物に該当するものである。
その場合右統制令による家賃の最高限度額は、昭和四五年度月額金二、〇八五円、同四六年度月額金二、三六七円、同四七年度月額金四、二〇一円、同四八年度月額金五、七四五円である。
四 抗弁に対する原告の認否
認める。
五 原告の再抗弁
1 原告は昭和二七年五月ごろ本件建物の居間の改造、構造の変更、風呂場の設置、屋根瓦の葺替等大造作を施し、約二〇万円を出費した。
2 従って本件建物は一応地代家賃統制令の適用建物に該当するが、右大造作の時点で当然統制令の適用は排除され、時の経済情勢に応じて適正賃料が定められるべきである。
3 なお、原告は本件賃貸借契約及び賃料に関し現在まで県知事に対し認可申請をしていない。
六 再抗弁に対する被告の認否
1 抗弁1の事実は否認し、同2の主張は争う。被告入居後間もなく雨洩り、壁落ちがあったので被告の負担において修理したほどである。
2 風呂場の設置などは地代家賃統制令七条一項一号にいう「改良工事若しくは大修繕」に当らない。
また原告の主張する大修繕は被告が本件建物を借り受ける以前になされたというのであるから統制額増額の原因にならない。
第三証拠≪省略≫
理由
一 請求原因1、3の事実は当事者間に争いがなく、本件建物が地代家賃統制令(以下統制令という。)の適用建物に該当することすなわち統制令二三条の適用除外の場合に当らないこと及び適用された場合の家賃最高限度額(認可統制額に代るべき額)が抗弁において被告の主張するとおりであることは原告の認めるところである。
二 原告は再抗弁として昭和二七年五月ごろ本件建物の大造作を施したから統制令の適用は排除されると主張するが、そのような場合直ちに適用が排除される旨の規定はないし、統制令七条一項一号の「改良工事若しくは大修繕」と認められる工事であったところで、被告が本件建物を賃借する以前の工事というのであるから右条項にいう工事に該当しないことは自明のことであるのみならず、原告が県知事に何らの認可申請もしていないことは原告の自認するところであるから右条項にいう認可統制額の増額がなされるわけもない。
従って原告の再抗弁は理由がなく、本件建物は統制令の適用建物に該当するものとしてその家賃額を論じなければならない。
三 ところで、本件賃貸借契約は昭和三〇年二月に締結されて最初の賃料額が定められたのであるから、統制令四条の停止統制額は存在しないのであるが、原告は同六条の認可も受けていないので認可統制額もないわけである。
このような場合、原告が認可を受けずに賃料額の契約をしたことは統制令六条に違反し同一八条による処罰の対象にはなるが、私法上の効力としては、賃貸借契約そのものないしは賃料額契約全部が無効となるものではなく、認可の際の基準又は建設省告示により算出可能な認可統制額を超える部分についてのみ賃料額契約が無効であると解するのが相当である。けだしそのように解することが、私法上の効果としては、契約当事者の利害得失と強行法規の公益性を調和させる所以と考えられるからである。
また、統制令の適用ある建物の賃料であっても統制令一〇条を根拠に建設大臣の定める額に拘束されず訴訟事件につき裁判所において一般的に公正妥当と認める額を決定しうると解する説もあるが正当ではない。統制令が規定するところの趣旨から、同令六条五項及び一〇条にいう裁判とは、例えば民法三八八条但書により裁判所が法定地上権が設定された場合の地代を定める場合のように、実体法上裁判所が地代額等を形成できる根拠が明らかである場合にそれに基づいてなされた場合をいうものと解されるのであって、一般には形成権たる当事者の賃料増額請求権の正当性を裁判所が後日判断し確認するに過ぎず、統制令の右条項により裁判所の賃料額決定権ともいうべきものが新たに創設されたものとはとうてい解することができない。もっとも、右許された裁判、裁判上の和解又は調停により額を定める場合には、建設大臣の定める基準に制約されるものではない(反対説もあるが、右基準は都道府県知事に指示するものであるから裁判所まで拘束するものとは解されず、賛成できない。)。
四 以上の次第であるから、当事者間に争いのない事実関係に照し、原告の被告に対する賃料増額の意思表示はその効力を生じない。その後に増額の意思表示がない以上、賃料額が修正統制額に当然に増額されるものでもない。
よって原告の請求は失当であるからこれを棄却し、民訴法八九条に従って主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦)
<以下省略>